私たちが提供したものは、料理だったのか
- Masayuki Sato

- 8月14日
- 読了時間: 5分
更新日:7 日前
前回の続き
この出来事は、その後の私の仕事に大きな影響を与えた。
なぜ、ご夫婦はあれほど喜んでくださったのだろう。
料理が特別だったからだろうか。
もちろん、美味しい料理を提供することはレストランとして大切なことである。
しかし、それだけではなかったと思う。
お子様メニューそのものが、ご夫婦を感動させたわけでもない。
ご夫婦が本当に求めていたものは何だったのだろう。
おそらく、
「娘と一緒に東京ディズニーランドへ来て、家族三人で食事をする」
という時間だったのではないだろうか。
それは、本来なら実現できなかった時間である。
私たちが提供したものを、商品だけで見れば「料理」である。
しかし、ご夫婦が受け取ったものは料理だけではなかった。
家族三人で過ごす時間であり、思い出であり、体験だった。
この経験を通して、私は強く感じるようになった。
感動は、モノそのものから生まれるのではない。
その人にとって意味のある体験から生まれる。
同じ料理を食べても、すべての人が同じように感じるわけではない。
誰と食べたのか。
どんな場所で食べたのか。
なぜそこを訪れたのか。
その人がどんな思いを抱えていたのか。
そこまで含めて、一つの体験になる。
そして、人の心は、その体験によって動く。
このことは、私がその後、食やサービスを考えるうえでの大きな原点となった。
マニュアルはいらないのか
この話をすると、
「マニュアルではできない特別なことをしたから、お客様が感動したのですね」
と思われることがある。
しかし、それは少し違う。
マニュアルは必要である。
多くのお客様を迎える施設では、安全や品質、サービスを一定の水準に保つために、誰もが守るべき基準が必要になる。
私が働いていた現場でも、マニュアルは重要だった。
ただ、私が考えるマニュアルとは、
全員が守るべき最小限の基準
である。
そして、その基準を守ったうえで、その先については、それぞれの職位に与えられた権限の中で考え、判断する。
当時の出来事もまさにそうだった。
案内係は、ご夫婦から「広い席に座りたい」と要望を受けた。
満席で待っているお客様もいる。
自分だけで判断するのではなく、事情を聞き、マネージャーに伝えた。
私はマネージャーとして状況を理解し、
「広い席に案内しよう」
「子ども用の椅子も用意しよう」
と判断した。
お子様メニューについても同じである。
接客係は、まず決められた基準に従って対応した。
そして、お客様とのやり取りをマネージャーに報告した。
そこで私は、
「ご注文いただいた料理と一緒に、お子様メニューも提供しよう」
と判断した。
誰かが決まりを無視したわけではない。
案内係も、接客係も、それぞれ自分の役割を果たしている。
必要な情報を次の職位へつなぎ、そこで与えられた権限に基づいて判断した。
だから私は、この出来事を「特別なサービスをした話」だけで終わらせたくない。
大切なのは、
目の前のお客様をよく見ること。
話を聞くこと。
その言葉の背景に何があるのかを考えること。
「広い席に座りたい」
という要望だけを見れば、単なる座席の希望である。
「お子様メニューが欲しい」
という言葉だけを見れば、決められた基準に合わない注文である。
しかし、
なぜ広い席が必要なのだろう。
なぜお子様メニューを頼みたいのだろう。
その「なぜ」を知ることで、お客様が本当に求めていることが見えてくる。
そして、自分の職位で何ができるのかを考える。
できなければ、誰に相談すればいいのかを考える。
感動は、誰かの思いつきや偶然だけで生まれるものではない。
お客様を理解し、考え、適切に判断する。
その積み重ねによって、感動につながる体験をつくることができる。
私は、これこそが「感動創造」の基本だと考えている。
地方創生に関わってる意味
それから長い年月が経った。
私は今、日本各地で食や観光、地域活性化に関わる仕事をしている。
地方へ行くと、本当に素晴らしいものに出会う。
美味しい野菜がある。
土地に根づいた料理がある。
受け継がれてきた食文化がある。
豊かな自然がある。
そして、そこに暮らす人たちがいる。
ところが一方で、こんな話もよく聞く。
「良い商品を作ったのに売れない」
「美味しい料理なのに人が来ない」
「観光資源はあるのに、どう活用したらいいかわからない」
これは、食関連の事業者だけの問題ではない。
宿泊施設、観光事業者、自治体、DMO、商工会、そして地域で新しくビジネスを始めようとしている人たちにとっても、大きな課題である。
私は、あのご夫婦との経験を思い出す。
良いものがあることと、人の心が動くことは、同じではない。
レストランで料理だけを提供しても、それだけでは必ずしも感動は生まれない。
地域も同じである。
美味しい食材がある。
美しい景色がある。
歴史がある。
それだけでは、人がその場所を選ぶ理由になるとは限らない。
大切なのは、その価値を、
「人が体験できる形」に変えること
だと思う。
なぜ、この食材がこの土地で生まれたのか。
誰が作っているのか。
どんな歴史があるのか。
地域の人は、どんなふうに食べてきたのか。
そこを訪れた人に、何を感じてもらいたいのか。
食は、単なる商品ではない。
その土地の自然や歴史、文化、人を伝えることのできる、とても強いコンテンツである。
私がテーマパークで学んだことと、いま地方の現場で取り組んでいることは、一見まったく違うように見える。
しかし、私の中では一本につながっている。
価値を見つける。
相手を理解する。
体験として設計する。
そして、
人の心が動く。
あの日、一組のご夫婦から教えていただいたこと。
それは、
人の心を動かすのは、モノではなく、その人にとって意味のある体験である。
ということだった。
この経験は、その後の私の仕事観を大きく変えた。
そして現在、私が取り組んでいる「食文化創造」の原点の一つになっている。
では、地域にある食材や文化を、どうすれば「人の心を動かす体験」に変えることができるのだろうか。
実は、そのヒントは、地域の人たちが「そんなの普通だよ」と思っているものの中にある。


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